フルキャストと一人ナレーター、実際に何が変わるか
これまで聴いてきたオーディオブックは、ほぼすべて一人が読んでいます。これは芸術的な選択というより、経済的な選択です。その理由がわかると、フルキャストが何を変えるのかも見えてきます。
一人ナレーターが標準になった経緯
優れたナレーターは、本物の演者です。内気な妹のセリフはやわらかく、悪役の声は低くしゃがれて、地の文では中立に戻す。うまくやれば立派な技芸で、そういう本にはそれがぴったりです。
でも、熟練の読み手を一人一日雇うのは現実的な費用です。俳優を十数人そろえ、ディレクターと録音エンジニアまで呼んでフルキャストを作るのは、そうはいきません。ラジオドラマやフルキャストのオーディオブックが昔から珍重されてきたのは、まさに作るのにお金がかかるから。結果として業界は、大量に作れる範囲に落ち着きました。一冊まるごとを一つの声で、という形です。
ただ、この形にはできることの限りがあります。一人の読み手が声を変えられる幅はそう広くなく、やがて登場人物の声が似通ってきます。いちばん厄介なのは、4人が次々とやり取りするような速い場面です。耳では聞き分けられないので、頭が仕分けを引き受け、誰が何を言ったのか確かめようと巻き戻すはめになります。
登場人物ごとに声が違うと何が変わるか
得られるのは目新しさだけではありません。聴くときの頭の負担が下がります。
文字で読むときは、かぎ括弧や「と彼女は答えた」という補足のおかげで、誰が話しているかはひと目でわかります。音声ではそういう手がかりが弱く、一人ナレーターはそれを全部、演技だけで補わなければなりません。登場人物ごとに声を分ければ、見分けが自動になります。新しい声が入ってきた瞬間、意識して考える前に「新しい人物が話している」とわかる。長い会話が苦労でなくなり、注意をもっと物語そのものに向けられます。
これが特に効くのは、人がしゃべってばかりの本です。容疑者だらけの部屋があるミステリー、セリフで進む小説、戯曲、群像劇。たとえばシャーロック・ホームズの短編集は、一巻に話す登場人物が60人以上いることもあります。一人のナレーターが60通りの声を演じ分けるのは見事ですが、それでも聴き手にとっては追うのが大変です。60人の登場人物にそれぞれ本当に別の声がつけば、誰が話しているかは一瞬でわかります。
静かで一つの声しか出てこない本、たとえば回想録やエッセイ、詩の多くは、そもそもキャストと呼べるものがないので、フルキャストにしてもほとんど意味がありません。そういう本には、良いナレーター一人で十分です。
自動キャスティングで経済が変わる
フルキャストが珍しかった理由はコストでした。ソフトウェアなら、それが安くすみます。
俳優を雇う代わりに、フルキャストの読み上げは本そのものを分析します。テキストを通して読み、どの行を誰が話しているかを見きわめ、ナレーターと登場人物ひとりずつに別の声を割り当てる。難しいのは録音ではなく分析であり、その仕組みについてはフルキャストの朗読はどうやって話し手を見分けるのかで詳しく書いています。
BookNPCではこれが自動で行われます。再生中に動いている様子も見えます。読んでいる行がその人物の色に染まり、ページの下に話し手の名前が出て、キャスト一覧も表示されるので、気に入らない声はいつでも入れ替えられます。探偵をもう少し年配の声にしたいなら、変えればいい。何ひとつ固定ではありません。
正直に言うと
ソフトウェアによるフルキャスト朗読は役立ちます。ただ、優れた人間のアンサンブルとは別物です。率直に比べてみます。
- 一流の人間キャストは、芸術性ではやはり上をいく。 俳優が持ち込む解釈、間、感情の機微は、生成音声がまだ追いかけているものです。ある本に評判のフルキャスト制作があるなら、そちらを選ぶ価値はあります。
- ソフトウェアは、カバー範囲とコストで勝る。 人間によるフルキャスト版が存在するのは、ほんの一握りの作品だけです。自動キャストは、どのスタジオも手を出さない本も含めて、持ち込んだどんな本でも、はるかに安くこなします。
- 音声の質は、どこで再生するかで変わる。 端末では、キャストは端末の内蔵音声を使います。手軽で無料ですが、少し平板です。スタジオのクラウド音声として書き出すと、はるかに作り込んだ音になります。同じキャスト、違うエンジンです。
- キャストには一度きりの費用がかかる。 ページを1枚ずつ分析するところに手間がかかるので、本にキャストをつけるには少額が一度だけかかります(BookNPCでは1ページおよそ3セント)。そのあとは、端末でずっと無料で再生できます。
どちらを選ぶか
ルールより本に合わせて決めましょう。どの本もまず無料の一人ナレーターから始めるといいです。費用はかからず、楽しめるかどうかもすぐわかります。本がセリフで生きていて自分も引き込まれているなら、キャストをつける。もとから一つの声だけの本なら、一人ナレーターのままにして、その分は取っておく。
本当の変化は、これが今や自分で下す本ごとの判断になったことです。以前はスタジオにしかできない話でした。フルキャストで聴くことは、かつて希少な贅沢でした。それが、自分の棚のどんな本にもできることになりつつあります。
違いを自分の耳で確かめたいなら、BookNPCは同じ本で一人ナレーターとフルキャストを、章の途中でも切り替えられます。